山梨教区様交流活動
去る、1月20日(土)山梨教区浄土宗青年会(野村竜児会長、関ブロ常任理事)様にて開催された、交流活動に参加いたしました。
埼玉から高速道路にて約3時間の道のりをへて、甲斐善光寺(http://www.kai-zenkoji.or.jp/)にやってまいりました。まずご本堂にてお念仏を申させていただきました。
甲斐善光寺檀信徒会館にて受付けを済ませ、まず山梨教区物故者追善法要に参列致しました。法要は厳粛に執行され、お前立のご尊像を一瞬、拝見できたのが、ありがたかったです。
いよいよ一般参加者も迎え、交流活動のメイン、松居 和(まつい かず・http://kazumusic.com/)先生による「子育てのゆくえ」と題しての講演です。
松居先生は、ミュージシャンということもあり、時に優しく、時に机を叩きながら熱っぽく、ご自身のアメリカでの生活体験を踏まえ、子育てについての持論を展開されました。
結論は、”子育てに正答(模範解答)は無い”ということ。模範解答を求めて、お父さん、お母さんが精神の不健康に陥らないように注意すること。特に、お父さんが0~5歳までの子供と接することにより、「親心」(子供や自分より弱いものに対して、体を賭して守り抜こうとする精神)を体得することが、子育てにとって非常に重要である、とお話くださいました。
この「親心」こそが、先生の子育て論のキーワードであります。子育てをする親の「親心」をどうやって育んでいくか、それは、保育の現場を預かる「保育士の創意工夫による」と仰います。
行政サービスや、経済合理性に基づく、各種の施作(例:延長保育)は、子供(=将来の親)のみならず、親にとっても「親心」の醸成に不要であるばかりか、却って、欧米等で発生している家庭崩壊を助長する、というのが先生の持論です。
欧米では、既に「子育て」の意味が”自分の子を自分で育てる”という文脈では用いられず、単に、他人あるいは夫婦ではなく、片親が育てていくという現実になっているそうです。また本来の意味で、子育ての習慣が奇跡的に残っているのが、我が日本のみだとのことです。
こういった現実を認識した上で、一つの方策として、保育現場を預かる保育士が、子供を通じて、父兄の「親心」をいかに開発して行くか、これが、重要ではないかとのことでした。
先生が師匠と仰ぐ、園長先生の事例を紹介しながら、具体的に楽しくお話くださいました。
そしてそれらのアイディアは、園長先生の創意工夫による、”非合理的な”方法によってのみ、実際に達成し得るとのことです。
今回のお話は、南無阿弥陀仏の信仰のお話ではありませんでしたが、法然上人のお言葉と合致する点がいくつかありました。
先生は、アメリカ在住中、自分のお子さんに英語を”学ばせなかった”。それは、語学という「武器」を持つと、それを使って、相手を蹴落してゆく、使いたくなるからだそうです。元祖法然上人も、お父様より承った遺言のお言葉、恨みに恨みをもってしてはいけない、を腹にすえ、私たち凡夫ゆえの、阿弥陀様のご本願のお念仏をお伝えくださったのです。
山梨浄青野村会長より「必聴の講演会」とご案内いただきました通り、交流活動として時機相応のお話を拝聴できる機会を得たことをお礼申し上げます。
※フォトギャラリーにも写真を紹介していますのでご覧下さい。


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